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2008年12月14日 (日)

クリスマスの祝い方?

私の小教区には外国人の姿が多くみられます。その中で留学生とか、就学生をみると、とても気になります。特に、今一人のベトナムから来ている女子留学生と、これもまたベトナムからの若い会社員が心にかかっています。

外国で一人で生活することがどんなことかを少しでも経験したおかげだと思います。

特に、クリスマスとかお正月、家族が集まるお祝いのときに「ひとり」というのはとても侘しいものがあります。

去年も、そんな気持ちがあったのでちょっと声をかけたら、小さな家がいっぱいになってしまうほどの17,8人が集まりました。中国、ベトナム、韓国、奥さんがアフリカの家族そして日本。

今年は手不足なのでいろいろなことができません。でも、この二人とは特別にクリスマスを祝いたいと思いました。でもどうやって?

留学生は、アルバイトをしています。24日の夜のミサの後、私たちの所へ来て一緒に食事することに話が決まりました。25日のミサに出るために、ついでに私たちの家に泊まることを提案しましたが、バイト先で「モーニング」という朝番を頼まれているので・・・相談してみます、ということでした。その時彼女が言ったことは、バイト先の人に、25日の昼間の仕事を休むために、「25日はクリスマスなのでミサに行きたいですから、お願いします。」と言ったというのです。

日本では、そして、日本人にはなかなかできないことだなあと感心しました。

そして、2,3日後、バイト先の承諾を得ることができて、

「シスターの所に泊って、25日一緒にミサに行きます」と嬉しそうに報告してくれました。

彼女の、家庭の中で培われてきたのであろう、自分の信仰を一生懸命に大切にする姿勢と態度を見て、素晴らしいな、と思いながら、半分うらやましい気持も起きました。

もう一人の青年は、会社員ですから、彼女のようにはいきません。

24日のミサにも仕事が終わって、まっすぐ教会へ直行。でも、私たちの所でささやかなクリスマスの食事をするのはとてもうれしそうに受けてくれました。

私は、外国で一度、ちょうどクリスマスにあたって、いそいそとミサに出たのは良いのですが、教会を出たとたんに一人ぼっち。いま私の周りで響いていたにぎやかな喜びに満ちた喧噪、教会の前の群衆の交通整理のためにかり出されていた警官の姿。。。がまだ体にまとわりついているようでした。

しーんとした部屋に入ったら、教会の庭にしつらえてあった大きな馬小屋。その前で演じられた聖劇。大群衆に飲み込まれそうだった「私」が嘘のように感じられたのです。

ソファに座って、今聞いてきた聖書のみことばを開いてもう一度味わいなおして、聖なる夜を過ごした、という体験があります。

私はシスターでしたから、逆に「さびしいな」と感じながらもをそれを≪使う≫ことができました。でも、この若い人たちに、「故郷を離れて一人でさびしく≪喜びを祝う≫」体験はあんまりさせたくない、と思っているのです。

というわけで、今年もささやかですが、幼いイエスさまをお迎えするのに、何人かが来てくれそうです。

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