« 東京にも雪 | トップページ | 日本の葉牡丹が?・・・ »

2010年2月21日 (日)

人の死の重さ

先日、同じ日に二人の方が死を迎えました。

Photo

一人は私たちの会の姉妹で、もう一人は牛久の入管収容施設に入所中の方でした。

牛久へ向かう車の中で「実は昨晩一人の姉妹が亡くなったんです」と、重たい心を分かち合わせていただきました。

前晩(亡くなる何時間か前でしたが)、病院へ駆けつける前に聖堂で十字架のイエス様に祈っていた時、「御父に抱かれる」という深い平和な気持を味わったので、病院ですでに意識がもうろうとしていた姉妹と出会ったときにも取り乱すような悲しみのようなものはなく、主におゆだねできました。

幸いなことに、全員ではなかったにせよ、何人かの姉妹に見守られての天国凱旋でした。

病院から直接、本人が生前一番好きだった共同体へ遺体を運んであげました。広島から駆けつけた妹さんたちは愛するお姉さまの最後には間に合いませんでしたが、私たちの家で思う存分すぐ近くで最後のひと時を過ごしてあげることができました。

それに反して、・・・

牛久に着き、午前中の面会が終わって午後の面会を待っている時でした。

「昨日一人自殺者が出たようだよ…」とひそひそ声が流れ出したのです。

ある人が面会した時、被面会者から聞いたんだそうです。「私たちの階で、一人自殺者が出た」と。日系人のような名前でした。妻子もあるということでした

名前に日本名と一緒にラファエルと書いてあったところをみると洗礼を受けている方だったのでしょうか。

また別の一人の面会者が、たまたまその方宛ての手紙を託されていました。受付で本人に渡してくれるように頼んだところ、「できない」と断られ、いないはずはないと知っていた面会者が食い下がったところ「死んだ」と言われたそうです。

収容所内では、事件直後、すぐに同じ階の被収容者たちが集まってお祈りを始めたところ、収容所の職員たちが一斉に集まってきたそうです。これは・・・被収容者たちが集会を開いたとか、何か騒ぎが始まるかとか心配のためだったそうです。これを聞いた時、とても悲しくなりました。

収容所の職員は私たちにこのような事件を伝えたくないし、外部に漏れることはもってのほかだったと思います。でも、収容されている人たちにとっては「他人ごとではない」のです。

どんなにショックで、悲しい事件だったことでしょう。

何カ月も何もしないで、出られるあてもなく閉じ込められている人たちを想像してみてください。

「きちがいになりそうだ」、

「なんとかここから出られるように助けてください」、

「50万円近くのお金を払えば出られるけど、住むところも仕事もない、そのうち、またポリスにつかまってここに戻ってくる!これは私の人生ではないはずだ! でも、ここにはそんな繰り返しの生活をしている人が何人もいます!」

「私はまだ35歳です。こうやって生涯を終えるんでしょうか?」

「故国へ帰れない人をこうやって閉じ込めておくことが日本のやり方なんですか?」

そうして、一人の若い日系人が自死に追いやられました。

人の死が重く感じるのは、死のあとにくるものが深い沈黙だからでしょうか。

私たちの姉妹Kさん、そして牛久のラファエルさん、苦しかったこと、辛かったことから解放されて天の御父と聖母マリアの腕に抱かれていることを信じています。

私たちの間違った、また狭い考え方が強い聖なる光に照らされて軌道修正されますように天国から見守ってください。

« 東京にも雪 | トップページ | 日本の葉牡丹が?・・・ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事