« 春の気配 | トップページ | 新聞の切り抜きから・・出会い »

2011年2月10日 (木)

粕谷甲一神父様とベトナム難民

昨日の夕方、東京大司教館から「訃報」のファクスが届きました。

「どなただろう?」 と思ったら 粕谷甲一神父さまでした。 87歳でした。

昨年の秋に大司教館の庭でお会いしたときには、「名前は忘れたけどあなたのことを忘れるはずはないよ。」とおっしゃってくださったのに・・・

粕谷神父さまの訃報のファクスが入ってすぐしなければならなかったことは、ベトナム人たちへの連絡でした。

粕谷神父さまは、いわゆるベトナムからのボートピープル第1陣の難民のお世話をなさっていました。

品川国際救援センターで過ごしたベトナム人の多くは何かの形で神父さまのお世話になっています。仕事、勉強、住居などなど・・・

その頃のベトナム人の多くはすでに第三国に行っています。また、東京を離れた人もたくさんいます。それでも、当時の、とくにカトリック共同体のリーダー格だったHさんにまず連絡を入れようと思って電話をしました。

なんと、Hさんはすでにニュースを知っていて、四方八方へ連絡を入れてくださっている最中でした。

私と粕谷神父様の関係は?

私とベトナム人の関係の始まりをつくってくださった方です。

私たちの修道会のミッションの一つとして、東京教区の呼びかけにこたえてベトナム難民への支援に取り組んだのがきっかけです。

東京の下町の小さな家を開放して、品川の国際救援センターを出たばかりの独身の女性たちを受け入れてお世話したのです。その時の仲介役はいつも粕谷神父さまでした。

「友の家とベトナム人」「友の家とベトナム人と粕谷神父様」という関係は切り離せません。

それで、昨晩は、「友の家」を通って巣立っていったベトナム人たちへの連絡に追われました。普段、なかなか連絡が取れない人たちとも、電話で話すことができて、そこにも粕谷神父さまがいてくださったような気がしました。

「今、連絡をもらいました」と、わざわざアメリカから電話をくれた元「友の家」寮生もいて、神父様の作ってくださった絆の強さに感動しました。

お父さんのように、頼りにされ慕われていた、とことん面倒見の良かった粕谷神父様。

今、どうぞゆっくりと天のお父様のもとでお休みください。そして、一人前になってもまだ人生の重荷を背負って歩いている神父様の「こどもたち」を天国から見守ってください。

0130115

「友の家」で10代の後半から20代を過ごした人たちも、いまでは、一番若い人で38歳だと聞かされ時間の経過も思い知らされました。

「友の家」で過ごした あの 「時」 が走馬灯のように私の前を走りすぎて行き、ちょっと興奮した夜になりました。

Mukudori22

« 春の気配 | トップページ | 新聞の切り抜きから・・出会い »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事