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2011年3月 3日 (木)

外国人と部屋さがし

外国人が部屋をさがすとき、まだ「外国人、お断り」が存在していることにおどろきました。

2月、3月は学生や新社会人が部屋をさがす季節ですね。

久しぶりに、わたしも一人のベトナム人留学生のために、部屋をさがす手伝いをすることになりました。

大学近くの不動産屋で見つけた物件を見に行きました。不動産屋の人にも会いました。

本人の人柄がよかったせいで、日本語がたどたどしくても受け入れてもらえました。おおやさんにも面会したそうですが、「まじめそうで信用できそうな人柄だ」と言われたそうでほっとしました。

この不動産屋にたどり着くまで、何軒かまわったようですが、「外国人」ということで断られたとさびしそうな顔をしていました。

ネット検索でも部屋をさがすことはできますが、この場合は

「外国人?今、わたしが話していることが分かりますか?」

と聞いてきます。

私は、「あなたが話しているような早い話し方ではちょっと難しいでしょう。」と答えると、大抵の答えは否定的です。

日本人同士が話す速度で、また、部屋を借りるときに必要な専門に近い言葉を理解しなければ部屋が借りられない、、、、

「ゆっくり話せば、日常のことには困りません」と言っても、トラブルを避けたいのでしょうか、返事はほとんど否定的です。

私は、外国で、「外国人だから」という理由で部屋を借りられなかったことがなかったので本当に日本での外国人に対する対応の狭さに心が痛みます。

私がベトナムにいたときは、私にベトナム語を要求するのではなく、彼らが歩み寄ってお互いの共通言語-たとえば英語-をさがして意志の疎通を図ってくれました。

世界に開かれた日本のはずなのに、国内では相変わらず世界に閉ざされているんだなあと感じさせられた部屋探しの手伝いでした。

イエス様はだあれも「困ります」と言って受け入れないことはありませんでした。例外なくだれでも受け入れてくださっています。

わたしの日々の生活の中で、誰かを「困るなあ」と言って心を開いていないことがないかどうか、改めて反省させれました。

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