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2013年8月 5日 (月)

この淋しさは何?

1週間ほど前、ベトナム人のKさんから電話がありました。

「Tさんの楽器を借りてもいいですか?」


まるで、 わたしが楽器に触っていないのを知っているからだよ、とでもいう風でした。

わたしは、楽器を2台持っていたので、ふだん使ってなくて、生徒に貸し出し用として使っていたものを思い浮かべて、

「いいですよ」

と答えたら、次に、

「売ってもいいですか?」ときました。


最近の生徒は、楽器はあるけど音が出せない、とレッスンに見える方がほとんどなので、これからも「貸し出し」はないだろうと思って、

「いいですよ」

と答えてしまいました。


楽器そのものは、見かけによらずとても良い音を出してくれる楽器でした。


生徒に貸し出し用として使う前は、もちろん、わたしが使っていたものです。

そして、

日曜日、ケースのほこりを払い、楽器に必要なピックと予備の弦をケースに入れて・・・

        お 嫁 入 り

Kさんの手に渡った楽器を見たら、楽器が泣いているように見えました。
あんまり触らないで、部屋の隅に置かれていたのも淋しかったと思います。

楽器に心か魂があったら、きっとこんな風に感じたんじゃないかな、と思いました。


そして、Kさんとの別れ際に楽器に向かって

『幸せにね!』と、つい声をかけてしまいました。そして、その時、わたしの胸が震えるのを感じました。

           「淋しい・・・・・・」


「この淋しさは何?」

こんな感じを覚えたのは、初めてじゃなかったでしょうか。

今までろくに演奏に使ったこともなかった楽器なのに、わざわざ、自分のために手に入れた楽器だったから、気がつかないうちに愛着がわいていたんでしょうね。

この出来事は、わたしにとって、ひとつの「断捨離」でした。

Mario020







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