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2014年12月 2日 (火)

トルン演奏

先日、ジャパベトナムのチャリティーコンサートで、小栗久美子さんのトルン演奏を聴いてきました。

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いつも感じるのですが、今回も≪音は人を表す≫ことをつくづく実感しました。

小栗さんの人柄がよく表れていて、聴き終ったあと、爽やかさが残り、ほっとし、心躍る気持ちになったり、心が満たされる感じになるのは私だけではないようです。他の方からもよく聞く言葉・印象です。

小栗さんとトルンの相性がいいのでしょう。

トルンの音色そのものも、とても単純な印象です。

ポクポク、ほくほく、カタカタ、そして、トルルル~~ン。

楽器の材質が竹なので、音そのものも単純で温かい印象です。

同じ叩く楽器でも、木琴のように詰まっている材質ではなく、竹筒を縦斜めに割ってあるので楽器そのものの中の空気の振動が何とも言えない柔らかな音として響きます。

今回は、10月にリリースされたというCDの紹介もありました。ベトナムで、ベトナム人とのコラボレーションです。

15年近く前に、トルンではありませんがベトナムの楽器を、やはりベトナムでベトナム人と合奏させていただいて「遊び心で」CDを作ったことのある私には、この小栗さんのCDから響いてくる楽器の音色は、程度には雲泥の差があるものの、何か親近感のようなものを感じさせてくれました。

聴いていると、ベトナムの≪竹と土≫(あの竹藪、あの赤土の小道)が目の前に広がってくるようです。

楽器の音色には、その楽器を演奏している人の霊が宿っているというか、その≪音≫の中にその人自身がすっぽりはまっている気がします。

だから、同じ曲でも、演奏する人によって味わいが違っているし、表現が違っていますね。

演奏する人の感性と聴く人の感性が合ったときは、表現された≪音≫はとても満足感を感じて嬉しいんじゃないかな、と思います。

もし、≪音≫に感じることが出来る能力のようなものがあるなら…
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                       小栗久美子さんの2枚目のCDのカバーです

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