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2015年7月11日 (土)

心は不思議なところ

今日は水野源三(1937-1984)という詩人の詩を読みながら感じたことをご紹介したいと思います。


心はふしぎな所


心はふしぎな所
信じるべきを  うたがい
愛するべきを  憎み
のぞむべきを  落胆し
喜ぶべきを 悲しみ


心はふしぎな所
いったん主の御手にふれるならば
見たり  きいたり
ふれたり  しなくても 
信じ  愛し  のぞみ
喜ぶことができる


第一段落で問題なのは「べき」という小さな言葉でしょう。

私はこの詩を何度も読み返しながら、なにか引っかかるものを感じていました。それは、この小さな「べき」の存在でした。

そして、第一段落と第二段落のあいだの大きなというか深い落差にも驚かされます。

この淵はとてつもなく深いように感じられます。私たちが経験する苦しみ、悲しみ、悩みはすべてここにあるように思います。

そして、私たちはどうしようもなくもがいている・・・
蜘蛛の巣にかかった蝶々のように、「べき」に絡まれて身の動きが取れなくなっています。

この「とき」が一番苦しい時なのではないでしょうか。

Heart

そして、ある日、突然 主の手が私に触れるのを感じる。

そして、知らぬ間に「べき」は消えている・・・

B_ornament_142_3m_2

今日、苦しんでいるBさんと話していたとき、この詩を思い出して、
「あなたは今この一番苦しい淵に立っているように見える」と言いました。

Bさんも、「私もそう思う」と言うように、涙の目でうなづいていました。

私はBさんの姿を見かねて、つい、「あんまりもがかないで」と言ってしまいました。
「もがいたら、「べき」がもっともっと絡みついてくるわ。」

Heart_2

心はふしぎな所
いったん主のおん手にふれるならば
見たり きいたり ふれたり しなくても
信じ 愛し のぞみ
喜ぶことができる

Heart_3

Bさんと一緒に、Bさんのために祈りました。

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