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2015年8月18日 (火)

時の流れの中で

年齢を重ねてきたせいか、最近「時間」という概念に敏感になっています。

Photo_3 1時間60分、1日24時間、1ヶ月30日、1年365日と数えはじめたら、私がこの世に生を受けてから今日までなんと約639,904時間が私と共に歩んできてくれたことがわかりました。

数字が大きすぎてピンときませんが、パソコンに向かっている今も時間は私と一緒に過ぎています。こうしてみると、時間とは生きるということそのものなんだということがわかります。そして、時間にはクロノス時間とカイロス時間があり、クロノス時間は〈実時間〉と呼ばれるもので、そこで、人間‐私たちは共通の行事や会合の日程を決めたり外出の予定を書き込んだりして時間に区切られたスケジュール表が埋まると、なんとなく充実感を感じます。

もうひとつの時間カイロスは、同じ時間ですがクロノスが〈実時間〉と呼ばれるのに対し、カイロスは〈体感時間〉と呼ばれます。同じ時間でも、時間の流れは人によって、またかかわり方次第で早くも遅くもなることはみんな経験していることです。

《あら、もうこんな時間?》と、充実感や生き生き感を感じる時間と、《あら、まだこんな時間?》といった集中できないで退屈・不快な時間の体験です。そして、いま、私が大切にしたいと思っていることは、私たち人間が、この世に生を受けたときにプレゼントとして神様からいただいた時間《クロノス時間》をどのようにしてすばらしい《カイロス時間》にするかということです。

こんな時、ふと思い出したのがずっと前に読んだミヒャエル・エンデの有名な「モモ」という本です。この本の中心テーマはこの「なぞのような時間」です。みんな《時間》をもって、あるいは《時間》の中で生きているのに私たちは「時間がない」「ひまがない」と感じ、口にしています。

「モモ」の中では人びとは「灰色の男たち」に「より良い暮らし」、「よりよい将来」のためにと言われて時間を倹約し始めますが、結果はもっとひどくなり、本当の意味での「いきること」を奪われます。

そして、人々の心は貧しくなり、荒れていきます。「時間をケチケチすることで、本当は全然別の何かをケチケチしていることには誰一人気がついていないようでした。(・・・)でも、それをはっきり感じ始めていたのは、子どもたちでした。(・・・)時間とは、生きるということ、そのものなのです。

そして人のいのちは心を住み家としているのです。人間が時間を節約すればするほど、生活はやせ細っていくのです。」(「モモ」p.106)

一日の終わりにホッとしたり、気持ちが穏やかに感じる、あるいは、焦りのような気持ちを感じることがないでしょうか。これらはすべて、私たちが「時間」の中で生きているしるしだと思います。

気持ちが穏やかな時、というのは私が時間と仲良く過ごすことができたとき、そして、「時間がない」「ひまがない」と、焦りのような気持ちを感じるのは私が自分の時間を「灰色の男たち」に完全に預けてしまったときだと思います。

「モモ」の中のマイスター・ホラは言います。

「時間の花を覚えているね?人間は一人ひとりが金色の時間の殿堂を持っている、それは人間が心をもっているからだ。ところが人間がその中に灰色の男を入り込ませてしまうと、やつらはそこから時間の花をどんどん奪うようになる。

人間の心からむしり取られた時間の花は、本当に時間として過ぎ去ったわけではないから、死ぬことができない。だが、本当の持ち主から切り離されてしまったために、生きていることもできない。花はその繊維組織の一すじひとすじにいたるまで全力を振り絞って、自分の持ち主の人間のところに帰ろうとするのだ。」(「モモ」cf.p.358)

時間の花が全力を振り絞って自分の持ち主(私)のところに帰ろうとする、そのエネルギーを私たちは「焦り」という感情で心に感じているのではないでしょうか。

モモは時間をつかさどるマイスター・ホラに時間の意味を教えてもらいます。私たち一人ひとりの人間に与えられる時間の豊かさ、美しさを知ります。私も自分のクロノス時間をいかに素晴らしいカイロス時間にするのか考えたいし、それはまた、私たちの有限さを知ることでカイロス時間を大切にすることだとも思います。

[「モモ」 ミヒャエル・エンデ著 大島かおり訳  岩波少年文庫]

                     (明泉会インドスポンサーシッププログラム ニュースレター no.46掲載分)

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