社会・生活

2024年2月27日 (火)

年寄りの気晴らしに

今朝、私と並んで歩いていた青年が落ちていた1枚の紙きれを拾いました。彼はその紙きれを一瞥すると、私に渡してさっさと前を歩き出しました。私は、わたされた紙きれを見る、というか読むために立ち止まらなければなりませんでした。他の歩行者の迷惑にならないように、比較的客の少ない店の軒先に立ち止まって、先ほどの紙切れをひろげました。

それは別に、私にあてた手紙でもなければ、伝言のようでもなければ、何かを依頼するためのメモのようでもなさそうでした。

紙に大きな字で {もし、あなたが自分は年寄りだと思っているら、ここに書いてあることは、あなたのために気晴らしになるでしょう}と書いてあるのが気になりました。紙をひろげて読もうとしている私は、《やっぱり私は年寄り》だと思ってるんだ、と少々苦々しく感じながらもう一度その紙を見ながら、ゆっくりとひろげました。

紙の大きさは、”B5” 版”を、もうちょっと正方形にしたような変形です。そして、そこに「透かし」で何匹かの鹿が浮いて見えているのが私の気を引きました。

 

最初に目に入ったことば:「歳をとってくるか、目がかすみ、耳が遠くなりますが、以前よりも人生がよく見えるようになります。肉眼では見えないものが見え、素耳では聞こえないものもあるのです。」

 

目が見えないほど見えることってない、何だか逆説的な言い方ですけど本当だと思いませんか? 経験がありませんか?

私はそんなに長い期間ではありませんでしたし、何回も経験したことがあるわけではありませんが、目が見えなくなると、確かに(触ること、歩くこと集中してくるのを感じます。すると、不思議なことに「今」聞こえている音とか声に色が付き、時には形もかんじられます。

東京近郊の畑がまだたくさん残っているところで、畑仕事をしている女性と手を握り合ったことがあります。第一印象は「ちょっとごわっ」とした感触を自分の手に感じながらも相手の女性の手の[皮膚の]内側に流れている血の温かさがその「ちょっとごわっ」とした手から伝わってきたとき、私は感じました。この人は心の温かい人だなって。

その人の顔はわかりません。でも、見えた気がします。顔は、きっと日焼けしていると思いますが、柔らかい皮膚を感じさせたし、自分の周りを見回すその眼はやさしさ映し出しています。この人と出会って挨拶する人は誰でも、すれちがった後きっと気持ちが良くなったのではないでしょうか。

私は、幸いにも "畑で出会った女性" のようなタイプの友人に恵まれています。彼女たちは、要らないものはもう見ない、聞かない。今までの人生で出会った美しいものを思い出しています。今までの生涯の中に埋もれてしまった美しいことを眺めているのです。そうすれば、力がなくなり、目がかすみ、耳が遠くなり、歩くのも難しくなって、よく考えることもできなくなっても、”だから、私はおしまいだ”とは思いません。

ですから、私もこの友人たちと一緒に希望を持つ力を頂いて、神さまの慈しみを味わっています。

 

2023年11月13日 (月)

涙 (その2)

Im_1ages 先回、私は自分の目が見た「美しい涙」につて書いてみました。

今日もまた、先回に劣らず「美しい涙」を目にして感動したので分かち合いたいと思いました。それで、タイトルも同じ「涙」になってしまったので「涙」(その1)と「涙」(その2)にしてみました。

***       

最近、時期的なせいでしょうか、働く場所での人の動きが気になります。退職する人、新しく仕事を始める人。

今朝、目にした光景は一人の男性職員の目に浮かんだ涙です。

~*~*~*~*~*~

 

ある朝のことでした。そこでは、夜勤と日勤の交代が終わり、それぞれがそれぞれの持ち場につこうとざわめいていました。

夜勤の人たちも疲れた顔を笑顔に隠して「お疲れさまでした」とお互いにあいさつを交わして更衣室の方へ姿を消していきました。その中に、ひとり、誰に挨拶するでもなく自分の前を右往左往する人たちを見ているというか眺めている青年がいました。たしか、Yさんという名前で紹介されたと思いIm_4agesます。人の名前を覚えるのが苦手な私ですが、自己紹介した時のYさんの挨拶の 仕方がなんとも言えずユニークでスーッと私の記憶に入って行ったのを感じました。それで、Yさんのことは、彼が他の職員たちと一緒にいるときも、容易に判別出来ていました。

Yさんは、新人として働き始めてから毎日、先輩の後について、自分の仕事を覚えることに熱心でした。少しでも自分の知っていたこと、あるいはやっていたことと違う点があると、小さな手のひらサイズの手帳に熱心に書いていた姿が私にはとても新鮮に映りました。最近、こんな風に熱心な「学びの姿」を見ることが少なかったからでしょうか。

ここの職場では、新しく入ってきた人は少なくと1週間は昼間の仕事を覚えて、それから少しずつ、夜勤の仕事が入って来るんだそうです。

この日の朝は、Yさんは夜勤明けのようでした。でも、どういうわけか他の人たちのように「お疲れさまでした」と言って更衣室入る列に入らずにいました。そのうち、Yさんの顔が変わってきました。昨晩はYさんにとって初めての夜勤だったのです。Yさんは、一晩、いっしょうけんめい働いた後の疲れた顔で、居住者の顔が揃ったにぎやかな食堂をゆっくり見渡していました。そして、終わり頃からYさんの目にうっすらと涙が浮かんでいるのに気がつきました。

若いYさんの目に浮かんだ涙は何だったのでしょう。

単なる夜勤疲れの涙ではないようです。

初めて、一晩中、任された人仕事を無事にやり終えて緊張感から解放され、ほっとした安堵の涙? 

一晩過ごした後の居住者たちの屈託ない明るい朝の笑顔を見たとき、心に張りよつめていた糸が少しゆるんで、そこからあふれた涙?

私自身、居住者の中の一人として、自分が眠りにつく前にいつも、神さまに、これから私たちの代わりに起きていてくれるこの若い人たちを守ってください、と祈っています。

Yさんが見せた今朝のYさんの目に浮かんだ涙は、毎日単調になりがちな私の生活に、忘れたころに蒔かれた種を芽生えさせてくれる大自然の不思議な力と清々しい新鮮さを与えてくれました。

私たちも、自分の生活がいつも変わり映えのしない、単調でつまらない生活だと思っても、その生き方が、自Im_4ages分の気がつかないところで人の心をほっとさせたり、これでよかったんだと安心させたり、やってみようと勇気を与える新しい力になっているんだろうな、と思うと、心の中でクスッと笑ってしまいます。82歳、頑張れ!

2018年4月11日 (水)

電車の中で・・・  こども二人

久しぶりに電車で外出しました。
空いていた優先席に腰を下ろして何気なく車内を見まわしていました。そこへ、赤ちゃんを抱いた外国の女性がわたしの隣に座りました。

小さな子供を嫌いではないわたしは、ごく自然に、隣りに来た赤ちゃんの方へ眼を向けました。すると、その赤ちゃんも、「あなたはだあれ?」というように、わたしの方へ顔を向けてきました。

赤ちゃんと目が合いました。

その赤ちゃんの目は、うすいコバルトブルー色で反対側へ突き抜けてしまいそうに透明で、わたしは赤ちゃんと目を合わせたものの、一瞬はっとしてしまいました。

でも、その後は、目と目のおしゃべりが始まりました。何か、感じることがあるのか時々その小さな頭をお母さんの胸にぶつけるようにして母親の注意をひいているようでした。そして、何がおかしいのかわたしにもそのかわいい口をあけて笑うのです。小さな口の中にはこれまた小さな桜貝のようなかわいい歯が2本下に見えました。

この赤ちゃんと目の会話をしていて、「どこかで知っている」という何か懐かしい感じがよみがえってきて、なんだろうと思い返したら… あら、あら・・・ この隣りの赤ちゃんは、わたしが幼かったころ近所に住んでいたアメリカ人の牧師さん家族から、ある年のクリスマスにプレゼントで頂いたミルク飲み人形と同じ顔をしていたんだ、とわかりました。

~~
しばらくして、今度は、お母さんと一緒に幼稚園の年長さんぐらいの女の子が電車に乗ってきました。
二人は、駅で電車を待っていた時からやっていたのでしょうか、すぐに「しりとり」を始めました。二人で交互にどんどん言葉が飛び出してくるのに驚きました。この世に生を受けて5年もたつとこんなにたくさんのことばを知っているのか、… 自分が外国語を勉強したとき、5年勉強しても、これほど豊かな語彙はなかったのではないかと思いました。

ときどき、子どもはお母さんが出す言葉の意味が分からないようで、「それってあるの?」と聞きます。

たとえば、お母さんが「かもしか」と言いました。この子はカモシカがわからなかったようです。「かもしかってあるの?」と尋ね、『シカの種類よ』という答えを聞いて「ふうん」とうなづいていました。こうして、一つずつことばが増えていくのでしょうね。

わたしも、すわっている席から二人のしりとりにすっかり引き込まれてしまいました。

「しりとり」、久しぶりにやってみようかな、わたしの日本語の生徒だったらどのぐらいできるかな???

30分ほどの車中は、子どもと一緒の楽しいひとときでした。

2017年4月20日 (木)

卵一個の親孝行

3週間ほど前のことだったと思います。友人が近いうちにベトナムへ行くことを知った一人の若いベトナム人女性が、私のところに連絡してきました。

「そのお友だちに、お願いしてもいいですか?お母さんと妹に薬を届けたいのです。」

 

薬と聞いて、断る理由もないと思ったので、他人のことではありましたが引き受けました。そして、つい23日前「全部準備ができたので届けたいです」と言って私のところへやってきました。私が想像していたよりもたくさんの薬で、ちょっとびっくりしましたが…そして、「このような薬ならベトナムにもあるでしょう?」ときいたところ、「日本の薬がよいのです」という返事。

 

薬局へ行くたびに、支払額が多い(薬は高い!)のを知っていた私は、つい「こんなに買って、高かったでしょう?」と余計なことを聞いてしまいました。彼女はわるびれたようすもなく、「はい。今、私はお金が無くなりました。毎日卵を食べています」という返事。

 

私は「え?」と考えて意味が分かりませんでした、「毎日卵を食べている」ということが。

 

彼女が説明してくれました。

_3951

「私は、今お金が無くなりました。だから、毎日卵を食べています。卵は1パック100円とちょっとです。1個は大体10円ですから安いです。」

 

病弱の母親と病気の妹のために薬を買ってあげたい一心で、毎日10円とちょっとの食事でお金を貯めていたことを知った私は、言葉を失いました。

 

「母はいつも痛いです」と言って張り薬を見せてくれ、「とても痛いときはこの薬を飲みます」と言って錠剤入りの瓶を見せてくれました。ガラスの瓶は重いし、旅行中に壊れるかもしれないからとチャック付きのビニールの袋に入れ替えました。

 

このようにして、家族に愛のしるしであるくすりを届けられることが、彼女にとってどんなに嬉しいことなのか、袋に詰め替える動作をみたり、手伝ったりしているときその喜びと感謝が私にも十分伝わってきました。

 

毎日、卵1個の親孝行娘のことば:

「私は幸せ者です。神様に愛されていますね。」

2017年3月 2日 (木)

映画 「海は燃えている」 を観て

あと2,3日でロードショーが終わりそう、と聞いて、「観たいな」と思っていた映画「海は燃えている」を見に行ってきました。
Dscn6661

地味な映画、というのが私の最初の印象でした。でも、映像はイタリア最南端の島が舞台だけあって自然も美しく心和むやさしく私たちを包んでくれるようでした。

この映像と、「難民」とどう結びつくのかなと思うほど,観客の目に入ってくる映像はのどかな印象をを与えます。

観ていくうちに心はだんだん深みにはまっていくのを感じてきます。

同じ海。同じ島。そこに平和と悲劇が共存しているのがわかります。私たちの住んでいる社会も同じです。
B_star
『ぼくたちは生きている。悲劇のすぐそばで。』

映画の中にちりばめられているいろいろなな伏線にも心奪われます。 =美しい海。大きな海原を命がけで渡ってくる難民・移民のボート。島の生活と難民たちの悲劇は全くきりはなされているかのように見える。そこに、たった一人の医師が彼ら双方を結んでいる姿として登場する、しかも、彼の日常生活として。

ある日、主人公のサムエレ君は左目が弱視であることがわかる。治療のために見える方の右目に矯正眼鏡を掛けさせられる。

医師は問いかける:「何か見えるようになったかな?」
サムエレ君は答える:「はい、ぼんやりと見えるようになりました」

左目の視力をあげるための矯正眼鏡だった。そのメガネのお陰で、今まで右の目でしか見えていなかった世界が、その矯正眼鏡のお陰で、今まで自分が知らなかった世界を見るようになった。

B_star_2
この個所は私に聖書の箇所を思い出させました。聖書にはいろいろな箇所で「見えるようになりたい」人々の祈りが描かれています。今回はマルコ8章のところが思い浮かびました。

イエスの癒しのお陰で少しずつ見えるようになっていく盲人の歩み。

「イエスがもう一度両手をその目に当てられるとよく見えてきて癒されなんでもはっきり見えるようになった」(Mc.8/25)

わたしたちが見ないもの、見えないものでなく見えるものになれますように。

「主よ、見えるようにしてください。見えるようになりたいのです。」

2016年12月29日 (木)

天国への旅立ち

もう、何十年になるかもしれないほど昔にお世話になった神父様のご葬儀と告別式があったので行ってきました。

この神父様は、黙想の家の責任者とか、個人的に信徒や修道者の霊的指導(同伴)などを主になさりながら一生を神様にささげた方でした。

教職についていた司祭は教え子たちの参列が多く目立ちますが、司牧活動、黙想の家の仕事、会内部の養成の仕事についていた方は、参列者の数が少なくなりますね。でも、天国でたくさんの方に迎えられることでしょう。

わたしも、あまりにも昔にお世話になった方だったので面影が定かではなかったのですが、教会堂に入ってお写真を見た途端に、「ああ、懐かしいお顔」と思い出は一足飛びに昔に戻りました。

一連の式の後、ご遺体は車で運ばれて行きました。

帰宅したら…やはり…「寂しい思い」が上ってきました。

B_ornament_24_0m

神父様ご自身は、もう寂しくなんてないんでしょう。復活されたイエスの足元にしがみついていたマリアの姿を思い出しました。マリアの心は寂しくて、つらくて。。。でも、イエス様は「超越」です。 「私から離れなさい」とまで…冷たく聞こえる言葉をあびせます。

そこで、不思議なのは、マリアがその一見「冷たい」言葉にめげていないことです。ここに信仰の恵みがあると思いました。

お互いに超越を学んでいくのですね。

2016年10月15日 (土)

感謝する

2913_n 私たちは、ふつう、人から何か恩恵:プレゼントとか、何か助けてもらったとかを受け取った時「感謝」の気持ちを感じ、それを表現することが多いと思います。

そして、私もそうでした。

「ありがとう」 です。 この「ありがとう」を漢字で書くと 有難う となります。 難しく言うと、形容詞「ありがたく」から来ていて、感謝したり、お礼を言ったりするときに用いる言葉;だそうです。

漢字を見ると 有難い (有ることが難しい)です。ここから、人の行為などに対して”めったにないこととして感謝するとき”。 また、”都合よく事が進んでうれしく思うとき”。 ”またとないくらい尊いとかもったいない”。 ”珍しい、めったにない”。というたくさんの深い意味が含まれていることがわかります。

最近読んだ(今も読んでいる最中の)ソニア・リュボミアスキーというアメリカの社会心理学とポジティブ心理学の教鞭をとっている人の書いた「幸福がずっと続く12の行動習慣」という本に次のような文があります:

「(・・・)感謝の意味は人によって様々です。それは感嘆したり、失敗や敗北した時でも明るく認められることや、豊かさを味わうことだったりします。または、誰かに「ありがとう」と声をかけ、自分が恵まれている点を数え上げることかもしれません。

 

感謝とは、物事を大切に味わい、それを当たり前だとは思わず、現在に価値を置くものです。(・・・)生きていることへの驚きや有難み、そして価値を感じることである。」

私は、この一文に触れてとても新鮮な印象を受け、両眼を開かされた思いでした。

読みながら、味わえば味わうほど深みが増し、それこそ、本当に 毎日の小さい出来事一つ一つに 「ありがたい」と感じるようになりました。

また、ソニアさんの研究によれば、感謝の念を忘れない人はそうでない人に比べて、より幸福でエネルギッシュ、また希望に満ちているそうです。

すばらしいですね。

私は、この部分を ポスターに仕上げて自分の机の前の壁に貼りました。

目を上げれば、いつも私の目に入り、頭と心に入ります。

誕生日やクリスマスのプレゼント以上に「ありがたい」と感じている最近です。

090

2016年4月 6日 (水)

肢体は多いが、からだは一つなのである

 

毎回、薬を飲むたびに心に浮かんでくる聖書の言葉があります。

≪肢体は多くあるが、からだは一つなのである≫

(コリント人への第1の手紙 1220節)です。

この薬は心臓のため、この薬は神経のため、この薬は胃腸のため、この薬は血管へなどなど。そしてまたその中で細かく枝分かれして薬の成分は体の中をめぐります。運動、痛み、喜怒哀楽などの感情も「神経」と大きく括られた場所に入るようです。

_230641

一度、そのような光景を想像したとき、一つ一つの薬は異なった場所に運ばれてそこでそれぞれの働きをするけれど、その異なった場所は、結局一つの場所-からだ-の中で行われているとわかりました。

そして、上にあげた聖書の言葉が頭と心に浮かんだのです。

一つずつ、薬の効くからだの部位が違います。この薬は私の体のAの部分のため、この薬は私の体のBの部分のため、というように私のからだの痛んでいるところに必要な薬が配られています。その部位は、傷み方、壊れ方が違うのでそれに合った薬が処方されています。それは、まるで私のからだではないような気がする時があります。バラバラにされているような気分になります。

そんな時、私は薬の運ばれる場所を≪肢体≫と呼び、肢体はたくさんあるけれど、からだは一つなのだ、と納得するのです。

からだが一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている」(Iコリント 12/12.14

2016年2月 3日 (水)

”今、仕事終わったばかりです。 疲れた”

タイトルの言葉は、Wさんが夜11時過ぎに、私宛に書き込んだFace Bookのメッセージです。

日本語の勉強が終わって、昼食を食べる時間も惜しんで、というか仕事に遅れないようにバイト先へ急ぎます。

そして、間にほんの少しの休みをもらって 11時までコンビニのレジの仕事です。

疲れて当然でしょう。

一度、何のために日本へ来たのか、そして、このままの生活では日本語の上達は見込めない、と話し合ったことがありました。それが功を奏したのか最近、「バイトの時間を減らして、学校の図書館で少し日本語を勉強しています」という連絡が入りました。

でも、バイトの時間数を減らせるのは 「恵まれた」  学生です。

「つかれた~」 と叫び、どうしようもないつらい思いを私にぶつけながらけなげに学び、働いているこの若い人たちの心が壊れてしまわないようにせめてそばで見守ってあげたいと思います。

彼らの「疲れた~」という叫びを聞くのはつらいです。

でも、彼らこそイエスがたどられた十字架の道を歩んでいる・・・ こういう若者たちの中にこそイエスはいらっしゃる。。。と、私は実感します。

Direction__hope_8335_n

≪幸福大国≫ へ導かれて

いつか近いうちにブログに書きたいと、切り抜いておいた新聞の切り抜きが、いい加減時間切れとなったのか、私の周りのファイルの中から姿を消してしまいました。

書きたい、と思っていたテーマは日本で生活しているベトナム人、特に最近激増してきている「就学生」「留学生」についてです。

数としてどんなに僅かであろうとも、日本で成功した先輩たちの話を聞けば、親孝行なベトナム人の若者は少しでも家族を手伝いたいと思うのでしょう、渡航費、当座の生活費、日本語学校の学費をそろえて、晴れて、日本の土を踏むのです。それまでの経済的準備はほとんどが家族ぐるみでの大掛かりな準備なようです。

そして・・・

以下は、つい最近のベトナムのメディアに載った「ある元ベトナム人留学生の心の内」という記事の訳です。全訳ではないけれどほとんどが訳されています。

B_illust_98_0m

                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
 

学費を納めることができず、逃げ出した留学生の心の声

 

 

 

多くの人は来日して、困難にぶつかったり、期待していたのとは違ったり、

 

 

 

あるいは仲介業者が持ちかけた甘い話とは異なったために失望し、

 

 

 

嫌気がさして、外に逃げ出してしまうという賢明とは言えない決断に至ります。

 

 

 

しかし、それによって得るものと失うものが何であるか知っていますか。

 

 

 

私が思うには、得るものより失うものの方が多い。

 

 

 

外に出れば、より自由になり、学費を納める心配もありません。

 

 

 

運が良ければ仕事について家に仕送りして借金返済に充てることもできます。

 

 

 

しかし、それはあまりに短絡的な見方です。

 

 

 

なぜなら、外に逃げ出す決断をした時、あなたは合法的に日本に在住する

 

 

 

権利が失われます。当然のことながら、あなたは法律の及ばない生活をし

 

 

 

たとえ抑圧されたり、だまされたり、剥奪されたりしても法律によって守られる

 
 

ことはありません。 そしてあなたは隠れて生活し、つかまれないように逃げ回り

 
 

常に不安の中で暮らすことになります。

 

 

 

病気にかかっても病院に行く勇気がありますか。病院の費用を支払えますか。

 
 

よりも深刻な事態になった場合、あなたはどう考えますか。

 

 

 

心の生活について・・・。

 

 

 

 

物質的な面で、運よく安定した職場が見つかり、安全な生活を保ち、安心して

 
 

仕事ができるなら、あなたは幸運な人です。逆に運悪く、仕事が見つからず

 

 

 

仕事が見つかっても安定しない。さらに悪いことに虐待、剥奪されたり、給与が

 
 

奪われたりしても、あなたは何もすることができません。法律に頼ることが

 

 

 

できないのですから。

 

 

 

悪いことに、あなたが外に出てすぐにつかまり、強制送還された場合、

 

 

 

あなたには二度とやり直すチャンスがめぐってこないのです。

 

 

 

その場合、あなたの家族がどうなるかあなたも想像つくでしょう。

 

 

 

 

なぜ短絡的な考えなのでしょうか。

 

 

 

本当の意味で留学する為に来日した人が何人いるのでしょうか。

 

 

 

あなたの目的は、お金を稼ぎながら勉強することでしょうか。

 

 

 

もし働きながら勉強するのであれば、困難に直面するのは当然です。

 

 

 

勉強が終わるやいなや職場に直行し、ご飯を食べる時間すらなく

 

 

 

睡眠時間も2、3時間です。それでも困難を乗り越える人がいます。

 

 

 

その人は困難に屈することは自分自身のチャンスを無くすのと同じことだと

 

 

 

知っているからです。だから簡単にあきらめないでほしいと思います。

 

 

 

ここでいうチャンスとは長く日本に留まるチャンスを言います。

 

 

 

日本に留学するということは、専門学校や大学を卒業した後も日本に留まり、

 
 

技術者として日本で働くことができ、お金を稼ぐことができ、心配もなくなります。

 

 

 

それゆえ、外に逃げ出すつもりの人はぜひ深く考えてほしいです。

 

 

 

外に出てしまっては、やり直すチャンスがないからです。困難に直面した時

 

 

 

冷静に考えて、家族や友人の助けを求めたり、目の前の困難は自分を

 

 

 

成長させるためにあると考えるのです。決断する前には家族とぜひ

 

 

 

相談して下さい。あなたの決断が家族を窮地に追い込むかもしれないから。

 

 

 

日本で働きながら勉強するつもりの人は、非常な困難が待っていることを

 

 

 

予め心して望んでほしい。多く働く時間が欲しい人は、ベトナムにいる時から

 
 

一生懸命日本語を学んでおくと良いです。日本に渡ってから段階的に日本語を

 
 

学ぶから多少働く時間も得られるでしょう。目指すは日本で専門学校や大学を

 
 

卒業する前に勉強することであって、在籍する間の数年間にお金を得るために

 
 

留学するのではない。それはできないことだから。 Photo_2       

 

 

 

現在、私の周りはほとんど100パーセントが留学生と呼ばれるベトナム人のような気がします。この記事を見つけたとき、何となくわかりやすい、と感じました。

彼らの心、望み、現実・・・男性と女性に多少の差はあるでしょうが、元にあるのは同じではないでしょうか。

昨晩も、最近知り合った留学生の一人のフェイスブックに 「また長い夜がやってきた」 ~~ 疲れた ~~ という書き込みがありました。

とてもつらいです。           でも、

こういう若者の中にこそイエス様がいらっしゃることを信じて、毎日を始めます。

       ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;: